ビートルズとボブ・ディラン [現代文明]

ビートルズはイギリス正当性を生きていた。
即ち、両義性のパラドックスの解消を生きていた。

ボブ・ディランはアメリカの二面性を生きた。

*。
ビートルズは負帰還であり、ボブ・ディランは正帰還である。

両者とも大金持ちになって、調子を狂わせた。
最も使命は終わったといった方がいい。

     *。
ジョン・レノンは、愛と平和に到達した。
だがそんなものはない。

あるのは安定だけだ。
これが紫式部思想だ。

*。
どれだけ人を殺せばいいんだ。
だがその風に流されるしかなかった、ディランだ。

*。
音楽は破綻していた。

自我を幾らいじくっても人間性はない。
彼らはこの壁にぶつかった。

       *。
自我を記号化して、それを消費すると、美しい良き心地を作れる。
それは人間性でなく、嘘や妄想でしかなかった。

この人間の閉塞感を突き破るのが、対偶対称性の認識だ。

人間性は自我の運動で作られるが、人間性は自我の中にない。

この突破を音楽でやるのは困難だ。

*。
人間性は自我を殺して作る。
人にはそれが嘘や妄想の中に僅かに見える。

良き心地は幾らでも作れる。
それは人間否定の肯定だ。

対偶対称性はこれを認識した。
パラドックスの解消が姿を現した。

     *。
粒子と波動は、自我と人間性の違いだ。

人は粒であって、波である。
イメージ不可能性の持つ、真実。

嘘の中の真実、それが姿を現した。
言語は嘘、そこにイノチを見る。
良心良識はそれを見る。

良心良識は見ることも触ることもいじることも出来ない。
だが固有関数はそれを認識した!

*。
それが紫式部思想だ。
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